げ出して来た者でござります」
「なに? 身共の力にすがりたいとな! 人違いじゃとな! 災難に会うているとな!――はて喃《のう》。そう言えばこの奥へ逃げ失せた女とは少し背が小さいようじゃが、では、今朝ほど坂で会うたあの娘ではないと申すか」
「いえ、あの時のあの者でござります。江戸お旗本のお殿様とも存ぜず、何やら怕《こわ》うござりましたゆえ、ついあの時は逃げましたなれど――」
「逃げたそなたが、またどうしてこのような怪しい尼姿なぞになったのじゃ」
「お力お願いに参りましたのもこの尼姿ゆえ、悲しい災難に会うているのもこの恥ずかしい尼姿ゆえでござります」
「ほほう喃。これはまた急に色模様が変ったな。仔細は何じゃ、一体どうして今朝ほどのあのかわいらしい姿をこんな世捨人に替えたのじゃ」
「それもこれも……」
「それもこれもがいかが致した」
「お恥ずかしいこと、恋ゆえにござります」
「わははは、申したな。申したな、恋ゆえと申したな。いやずんと楽しい話になって参ったわい。身共も恋の話は大好きじゃ。聞こうぞ、聞こうぞ。誰が対手なのじゃ」
「申します。申します。お力におすがり致しますからには何もかも申しま
前へ
次へ
全41ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング