ラリ、退屈男の目が冴え渡りました。頭《つむり》も丸い、僧衣も纏っているのに、まさしく今の、もうしあのと言った声音《こわね》は女だったからです。
 いや、声音ばかりではない。プーンと強く鼻を打ったものは、まぎれもなく若い女性の肌の匂いでした。その上に色がくっきり白い、夜目にもそれと分る程にくっきりと白いのです。のみならずその面《おも》ざしは、円頂僧衣《えんちょうそうい》の姿に変ってこそおれ、初《う》い初いしさ、美しさ、朝程霧の道ではっきり記憶に刻んでおいたあの謎《なぞ》の娘そっくりでした。――刹那! 退屈男の鋭い言葉が飛んだのは言うまでもない。
「不敵な奴めがッ、また化けおったなッ」
「いえ、御勘違いでござります。滅相もござりませぬ。御勘違いでござります」
「申すなッ、娘に変り年増に変り、なかなか正体現さぬと聞いておるわ。自ら飛び出して来たは幸いじゃ。窮命《きゅうめい》してつかわそうぞ。参れッ」
「いえ、人違いでござります。人違いでござります。わたくしそのようなものではござりませぬ。只今悲しい難儀に合うておりますゆえ、お殿様のお力にすがろうと、このように取り紊《みだ》した姿で、お願いに逃
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