れを押し破ったならば破って破れないことはないが、そのため怪我人を出し、血を見るような事になったら、他の猪勇《ちょゆう》に逸《はや》る旗本なら格別、わが早乙女主水之介には出来ないのです。霊地を穢《けが》すその狼藉《ろうぜき》が、わが退屈男の気性気ッ腑として出来ないのです。ましてや対手は代役ながら、治外の権力ともいうべき俗人不犯の寺格を預かっている寺僧でした。これが僧衣の陰に隠して、飽くまでも匿まおうと言うなら、まことに篠崎流の軍学以外にひと泡吹かする途はない。
「わははは。あの荒法師なかなかに胆《たん》が据っておるわ。いや、よいよい。ずんときびしく退屈払いが出来そうじゃ。ひと工夫致してつかわそうぞ」

       五

 引き揚げてのっそりと帰ろうとしたとき、それ見たことか小気味がいいわと言うように、嘲笑いながら院代玄長が消えていった同じその行学院《ぎょうがくいん》の小暗い庭先から、隠れるようにつつうと走り出して来たのは、黒い小さな人の影です。しかも引き揚げようとしている退屈男の行く手に塞がると、不意に呼びかけました。
「もうし、あの、殿様、お願いでござります」
「なにッ」
 同時にギ
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