本傷つけるのを覚悟で、追いちぢまったところを狙い打ちに打ち放ったら、手元に狂いもなく仕止められるに違いないが、兎にも角にも霊場なのだ。血を見せてはならぬ法《のり》の浄地《じょうち》、教《おしえ》の霊場なのです。――いくたびか抜きかかった小柄《こづか》を押え押えて、必死と黒い影を追いました。今十歩、今十歩と、思われたとき、残念でした。無念でした。女がつつうと横にそれると、西谷檀林《にしだにだんりん》の手前にあった末院行学院《まついんぎょうかくいん》の僧房へさッと身をひるがえしながら逃げ入ったのです。いや、そればかりではない。偶然だったか、それともそういう手筈でもが出来ていたのか、逃げ込んでいった女のあとを追いながら、構わずその庭先へどんどん這入っていった退屈男の眼前へ、ぬッと現れながら両手を拡げんばかりにして立ち塞がったのは、六尺豊かの逞しき荒法師然とした寺僧です。しかも、立ち塞がると同時に、びゅうびゅうと吠えるような声を放ちながら、すさまじい叱咤を浴びせかけました。
「狼藉者《ろうぜきもの》ッ。退れッ、退れッ。霊場を騒がして何ごとじゃッ。退らッしゃいッ」
「申すなッ、無礼であろうぞッ。
前へ 次へ
全41ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング