深く這入っていったかと見えるや途端!
「畜生ッ、スリだッ、スリだッ」
「スリがまぎれ込んでいるぞッ」
「俺もやられたッ、気をつけろッ」
 怪しの女がいざり進んでいったその人込みのうしろから、突如としてけたたましい叫び声が挙ったかと思うと同時で、どッと人々が総立ちになりました。
 しかしその時退屈男は、どじょう殺しの徳利を抱えてまごまごしている三公を置き去りにしながら、すでに早くひらりと身を躍らして、参籠所の前の広庭を経堂裏の方へ、一散に走っている最中でした。人々が騒ぎ出したひと足前にあの怪しの女が、縁から縁を猿《ましら》のように軽々と伝わって、暗い影を曳きながらその経堂裏の方角へ必死に逃げ延びて行く姿を、逸早く認めたからです。――その目の早さ、足の早さ。
 だが、女も早い。よくよく境内の地形と配置に通暁していると見えて、今ひと息のところまで追いかけたかと思うと、するりと右に廻り、廻ったかと思うとまた左へ抜けて、どうやらその目ざしているところは西谷の方角でした。無論見失ったらあとが面倒、途中のどこかの支院の中に逃げ込まれても同様にあとが面倒なのです。只一つ仕止める方法は手裏剣でした。足一
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