もののように、軽い鼾さえも立てていた退屈男が、カッとその両眼を見開きました。手もまた早いのです。膝の下に敷いていた太刀をじりッと引きよせて、気付かれぬように柱の蔭へ身をかくしながら、ほの暗い灯りをたよりに見定めると、年の頃は二十七八の年増でしたが、ひと際白い襟足の美しさ、その横顔の仇っぽさ――。
「化けたなッ」
 退屈男の脳裡にはあの言葉が閃《ひらめ》きました。娘になったかと思うと年増に変り、年増になったかと思えば娘に変ると言った、今朝ほどのあの馬方の言葉です。いや閃いたばかりではない。果然女の行動には怪しい節が見え出しました。虫も殺さぬようにつつましく廊下を向うへ行くと、
「あのもうし、御免なされて下されませ。前に連れがいるのでござります。通らせて下されませ」
 猫なで声で言いながら、日本橋の御講中といった裕福らしい一団がひと塊になってお籠りしているその人込みの間を、わざわざ押し分けながら前へいざり進んで行きました。

       四

 一間! 二間!……
 三間! 五間!……
 十人! 十五人!……
 二十人! 三十人!……
 押し分け押し分けながら、いざりいざって、人込みの奥
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