詰めの善男善女達が、襲いかかる睡魔を避けようためにか、蚊の唸るような声をあげて、必死とナンミョウホウレンゲキョウを唱えつづけました。
しかし、眉間の傷も冴えやかなわが早乙女主水之介は、うしろの柱によりかかって、いとも安らかに白河夜船です。まことに、これこそ剣禅一味の妙境に違いない。剣に秀で、胆に秀でた達人でなくば、このうごめく人の中で、しかも胡坐《あぐら》を掻いたまま、眠りの快を貪るなぞという放れ業は出来ないに違いないのです。
「殿様え。ね、ちょっと、眉間傷のお殿様え」
「………」
「豪儀《ごうき》と落付いていらっしゃるな。鼾《いびき》を掻く程も眠っていらっしゃって、大丈夫かな」
ちびりちびり三公は、二升徳利のどじょう殺しを舐《な》め舐め大満悦でした。
そのまにいんいんびょうびょうと、七|堂伽藍《どうがらん》十六支院二十四坊の隅々にまでも、不気味に冴えてひびき渡ったのは丁度四ツ。――その時の鐘が鳴り終るや殆んど同時です。さやさやと忍びやかに広縁廊下を通りすぎていったのは、まさしく女の衣《きぬ》ずれの音でした。――刹那! 轡《くつわ》の音に目を醒すどころの比ではない。何ごとも知らぬ
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