うちからね、この通り用意して来たんですよ」
 背中の奥から、盗んだ西瓜でも出すように、こっそり取り出したのは、すさまじいことに一升徳利が二本です。しかも万事に抜け目がない。
「ここが一番風通しがよくてね。ひと目にかからず中の様子はひと眺めという、お殿様の御本陣にゃ打ってつけの場所です。今のうちに取っておきましょうから、おいでなせえまし」
 いざなっていった所は、広縁側の柱の蔭の、いかさま見張るには恰好な場所でした。そのまにもひとり二人、五人、八人といやちこき善男善女達が、あとからあとからと参詣に詰めかけてお山はしんしん、太鼓はドンツク、夕べの勤行《ごんぎょう》の誦唱《ずしょう》も極楽浄土のひびきを伝えながら、暮れました、暮れました。善も悪も恋も邪欲も、只ひと色の黒い布に包んで、とっぷりと暮れたのです。

       三

 ふけるにつれて、参籠所はギッシリと横になる隙もない程の人でした。百畳、いや二百畳、いや、三百畳敷位もあろうかと思われるその大広間と、虫のように黒くうごめくその数え切れぬ人々を、ぼんやり暗く照らしているのは、蓮華燈が六つあるばかり。その明滅する灯《あかり》の下で、鮨
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