い法蓮華囃子《ほうれんげばやし》が、谷々に谺《こだま》しながら伝わりました。それと共に女の姿も一歩一歩と近づきました。――と思われた刹那! 気がついたに違いない、俄かに女が急ぎ出したのです。
 だが京から三河、三河からこの身延路へと退屈男の健脚は、今はもうスジ金入りでした。
「もし、お女中!」
 すいすいと追いついて肩を並べると、ギロリ、目を光らしながら先ずその面を見すくめました。然るに、これがどうもよろしくない。
「ま!……やはりお山へ!」
 追いつかれたらもう仕方がないと思ったものか、馴れがましく言いながら嫣然《えんぜん》としてふり向けたその顔は、侮《あなど》り難い美しさなのです。加うるに容易ならぬ風情《ふぜい》がある。匂やかに、恥じらわしげに、ぞっと初《う》い初いしさが泌み入るような風情があるのです。
「ほほうのう」
「は?……」
「いやなに、何でもない。おひとりで御参詣かな」
「あい……。殿様もやはりおひとりで?」
「左様じゃ。そなたもひとり身共もひとり――あの夜のお籠りがついした縁で、といううれしい唄もある位じゃ。どうじゃな、そなたとて二人して、ふた夜三夜しっぽりと参籠致しま
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