も、御門が閉まっておらば素通り差支えない筈、ましてや貴殿ごとき素姓《すじょう》も知れぬ旅侍にかれこれ言わるる仔細ござらぬわッ。供先汚して不埒な奴じゃッ。搦《から》めとれッ、搦めとれッ。行列|紊《みだ》す浪藉者《ろうぜきもの》は、打ち首勝手たること存じおろう! 覚悟せい! 覚悟せい」
 競いかかろうとしたのを、霹靂《へきれき》の一声でした。
「無礼者、土下座せい! これなる袱紗《ふくさ》の葵御紋所《あおいごもんどころ》目にかからぬかッ。わが身体に指一本たりとも触れなば、七十三万石没所であろうぞッ。畏くもお墨付じゃ。土下座せい!」
 叱咤《しった》しながら、バラリ袱紗を払いのけて恭《うやうや》しく捧持しながら、ずいと目の前にさしつけたのは、前の将軍家光公御直筆なる長沢松平家重代のあのお墨流れです。これに会っては敵わない。陪臣共の百人千人、いか程力み返って見たところで、手の出しようがないのです。パタ、パタ、パタと土下座すると、土を舐《な》[#底本ではルビ《な》は「土」につく形に誤植]めんばかりにひれ伏しました。その中をずいずいと、威儀正しく歩み進むと、薩州侯の乗物をのぞみながら、凛《りん》と
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