! 御門のわきのくぐり門が、音もなく開いたかと思うと、片手に何の包みか葵の御定紋染めぬいた物々しげな袱紗包を捧持しながら、威容も颯爽としてぬッと姿を見せたのはわが退屈男です。同時にすさまじい大喝が下りました。
「もぐり大名、行列止めいッ。素通り無礼であろうぞッ」
「なにッ」
「よッ、先程の釣り侍じゃな? 七十三万石の太守に対《むか》って、もぐり大名とは何ごとじゃッ、何事じゃッ、雑言申《ぞうごんもう》さるると素《そ》ッ首《くび》が飛び申すぞッ」
 怒ったのも無理がない。もぐり大名との一言に、あの両名を筆頭にした七八名の供侍達が、ばたばたと駈け戻って気色《けしき》ばみつつ詰め寄ろうとしたのを、
「頭《ず》が高いッ、控えいッ、陪臣共《またものども》が馴れがましゅう致して無礼であろうぞッ。当家御門前を何と心得ておる。まこと大名ならば素通《すどお》り罷《まか》りならぬものを、知らぬ顔をして挨拶も致さず通りぬけるは即ちもぐりの大名じゃッ。その方共は島津の太守の名を騙《かた》る東下《あずまくだ》りの河原者《かわらもの》かッ」
「なにッ、名を騙るとは何事じゃッ、何事じゃッ。よしんば長沢松平家であろうと
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