道具があろう。江戸旗本早乙女主水之介、道中半ばに無心致して恐縮じゃが、刀にかけても借り逃げは致さぬゆえ、暫時拝借願いたいと、かように口上申してな、よく釣れそうな道具一揃い至急に才覚して参れ」
「呆れましたな。旦那のような変り種は臍《へそ》の緒《お》切って初めてでございますよ。まさかあっし共をからかうんじゃござんすまいね」
「その方共なぞからかって見たとて何の足しになろうぞ。荘子《そうし》と申す書にもある。興到って天地と興す、即ち王者の心也とな。道中半ばに駕籠をとめて釣を催すなぞは、先ず十万石位の味わいじゃ。遠慮なく整えて来たらよかろうぞ。早うせい」
実にどうもわるくない心意気です。即ち王者の心也とゆったり構えて、駕籠屋共に釣竿を才覚させながら、あの月の輪型の疵痕を夕暮れ近い陽ざしに小気味よく浮き上がらせつつ、そこの流れの岸におりて行くと、これで暫くは退屈が凌《しの》げそうだと言わぬばかりに、悠然と糸を垂れました。
だが、なかなかこれが釣れないのです。胆力衆に秀で、剣また並ぶ者なく、退屈することまた人に抜きん出て、どれもこれも人並み以上でないものはないが、釣ばかりはいかな早乙女主水之
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