「ほほう、眉間に惚れ惚れと致す刀像が見ゆるな。何ぞ物を言いそうな向う傷じゃ。これよ、石斎、石斎――」
 併らのお茶道具を守っていた茶坊主を顧みると、不意に奇妙なことを命じました。
「何の用かは知らぬが、江戸旗本ときいては、権現様の昔|偲《しの》ばれていちだんとなつかしい。どうやら胆もすぐれて太そうな若者じゃ。野天のもてなしで風情《ふぜい》もないが、何はともあれひとねじりねじ切ってつかわしたらよかろうぞ」
「心得ましてござります。主水之介殿とやら、お上がお茶下し賜わりまする。ねじり加減はどの位でよろしゅうおじゃりましょう?」
 面喰ったのは退屈男でした。江戸八百万石の御威勢、海内《かいだい》に普《あまね》しと雖も、ひとねじりねじ切ってつかわせと言うような茶道の隠語は今が最初です。
「何でござりましょう? 只今のねじり加減とは何のことにござりましょう?」
「いや、それかそれか、存ぜぬは無理もない。これはな、当国三河で下々の者共が申す戯《ざ》れ語《ご》でな、つまりはお茶の濃い薄いじゃ、飴《あめ》のごとくにどろどろと致した濃い奴を所望致す砌《みぎ》りに、ねじ切って腰にさすがごとき奴と、このよう
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