かかったのであるから、今日は、さようなら、また会いましょう、失敬、なぞのなまやさしい挨拶では事が済まないのです。十万石は十万石並に、五十万石は五十万石並に、それぞれふところ工合に応じた挨拶をしなければならないのであるから、喜んだのは長沢松平家でした。いわゆる西国大名と名のつく大名だけでも、優に百二三十藩くらいはあるに相違ないのであるから、参覲交替《さんきんこうたい》の季節が訪れると共に、街道を上下の大名行列が数繁《かずしげ》くなるや、忽ち右の「挨拶」が御陣屋の玄関に山をなして、半年とたたぬうちに御金蔵が七戸前程殖えました。しかし、人窮すれば智慧が湧く、言わば迷惑なそのお墨付に対して、だんだんと智慧を絞り出したのは街道を上下の西国大名達です。道中するたびにいちいち行列をとめて、わざわざ乗物をおりたうえ、禄高に応じた手土産|音物《いんもつ》を献上してのち、何かと儀式やかましい御機嫌伺いの挨拶をするのが面倒なところから、中の才覚達者なのが考えついて、通行の一日前とか乃至は半日前に音物だけをこっそりと先に贈り届け、陣屋の御門を閉めておいて貰って、乗り物を降りる手数の省《はぶ》けるような工風を編
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