ってもまた、祖先|発祥《はっしょう》功名歴代忘れてならぬ土地です。
だが、人の心に巣喰う退屈は、恋の病共々四百四病のほかのものに違いない。一木一草そよ吹く風すら、遠つ御祖《みおや》の昔思い偲《しの》ばれて、さだめしわが退屈男も心明るみ、恋しさ慕《なつ》かしさ十倍であろうと思われたのに、一向そんな容子がないのです。
「左様かな」
「え?……」
「何じゃ」
「何じゃと言うのはこっちのことですよ。今旦那が左様かなとおっしゃいましたが、何でござんす?」
「さてな、何に致そうかな。名古屋からここまでひと言も口を利かぬゆえ、頤《あご》が動くかどうかと思うてちょッとしゃべって見たのよ。時にここはどの辺じゃ」
「ここが音に名高いあの赤坂街道でござんす」
「音に名高いとは何の音じゃ」
「こいつあどうも驚きましたな、仏高力、鬼作左、どへんなしの天野三郎兵衛のそのお三方が昔御奉行所を開いていたところなんですよ」
「いかいややこしいところよ喃《のう》、吉田の宿《しゅく》へはまだ遠いかな」
「いえ、この先が長沢村でござんすから、もうひとのしでごぜえます」
物憂《ものう》げに駕籠舁共《かごかきども》を対手にし
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