論を挑む者あり、逃げるに如《し》かずと当らぬ八卦を下すに至っては、一珍斎どころか大珍斎も大々の大珍斎でした。
「わははは、神易の示すところなりとは、おやじ、大きいぞ! 大きいぞ! 島原にもなかなか風流な奴がいるわい。察するに貴様|偽唖《にせおし》じゃな。わははは、わははは」
 愉快に堪えないもののごとく退屈男は、カンラカンラと打ち笑いました。
 しかし笑っているとき――
「邪魔だッ、ヘゲタレ! どかすか! ヘゲタレ!」
 異な声をあげながら、異な事を言って、不意に退屈男の刀のこじりを、ぐいと突きのけたものがありました。

       二

 江戸に生れて三十四年、伝法に育って、鉄火に身を持ち崩してはいるが、いまだ嘗てヘゲタレとは耳にしない言葉です。――不審に思って退屈男は、静かにふりむきました。
 と同時に目の前を、奴凧《やっこだこ》のように肩を張って、威張りに威張りながら通りぬけようとしていたのは、三十二三のぞろりとした男です。――江戸ならば先ず、町の兄哥《あにい》の鳶頭《とびがしら》とでも言うところに違いない。
「町人!」
 退屈男は至って静かに、おちついて呼びとめました。
「ま
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