てッ、町人!――こりゃ待たぬか! 町人」
「なんでえ! 呼びとめて何の用があると言うんだ」
「異な事を申したゆえ、後学のために相尋ねるのじゃ。ヘゲタレとか申すのは身共のことかな」
「阿呆ぬかすない。身共なればこそ言ったんだ。因縁つけて喧嘩を売ろうと言うのか」
「のぼせるなのぼせるな。骨の固まらぬ者が左様に気取るものではない。そのヘゲタレとか申すは、食べ物の事かな」
「ちょッ、こいつ吐かしたな。ヘゲタレを知らねえような奴あヘゲタレなんだ。どなたのお道中だと思ってるんだ。珠数屋《じゅずや》の大尽がお通りじゃねえか! 所司代様だっても関白様だっても、お大尽にゃ一目おく程の御威勢なんだ。どきなどきな。どいて小さくなっていりゃ文句はねえんだよ」
 町人|風情《ふぜい》の葉ッ葉者が、武士を粗略にした雑言《ぞうごん》を吐いたばかりか、ききずてにならぬ事を言いながら、わが旗本退屈男を痩せ浪人ででもあるかのごとくに取扱って、遠慮会釈もなくぐいぐいとうしろに押しのけたので、いぶかりながらふり返って見眺めると、いかさま大道狭しと八九人の取り巻を周囲に集《たか》らせて、あたりに人なきごとく振舞いながら、傲然《
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