狽を見せると、それだけにまたこの恐るべき退屈男に堂々と乗り込まれては一大事と見えて、威勢を張りながら必死にはねつけました。
「ならぬ! ならぬ!」
「開門なぞ以てのほかじゃッ」
「貴公の目玉は節穴かッ」
「直参であろうと、旗本であろうと、夜中の通行は制札通り御禁制じゃッ」
「かえれッ。かえれッ」
「とッとと帰って出直さッしゃいッ」
代る代るに罵《ののし》りながら、表の禁札を楯にとって権柄ずくに拒んだのを、だが退屈男は心に何か期するところがあると見えて、至って朗らかに、至って悠然としながら叫び立てました。
「騒々しゅう申すな。立派な二つの目があればこそ、公儀お直参が夜中のいといもなく直々に参ったのじゃ。どうあっても開門せぬと申すか」
「当り前じゃわッ。表の制札今一度とくと見直さッしゃいッ。禁中よりのお使い並びに江戸公儀よりの御使者以外は、万石城持の諸侯であろうと通行厳禁じゃッ。江戸侍とやらは文字読む術《すべ》御存じござらぬかッ」
「ほほう、申したな。笑おうぞ、笑おうぞ、そのように猛々《たけだけ》しゅう申さば、賄賂《わいろ》止めのこの制札が笑おうぞ」
「なにッ、賄賂止めとは何を申すかッ。
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