も無理からぬ事です。見台の端の建札に小さく、次のような人を喰った文字が書かれてあるのでした。

[#ここから1字下げ]
「唖ニ候エバ、御筆問下サレ度、陰陽四十八|占《ウラナイ》、何ナリト筆答致ベク候。
阿部流易断総本家。――一|珍斎《チンサイ》」
[#ここで字下げ終わり]

「わはははは。左様か左様か。唖じゃと申すか。犬も歩けば棒にあたるとはこれじゃな。面白い面白い、ずんと面白い。然らば、筆問してつかわすぞ」
 主水之介は、とみにほがらかになりながら、早速筆をとって書きしたためました。

[#ここから2字下げ、ただし冒頭の「のみは1字下げ]
「退屈ノ折カラナレバ対手欲シ。
剣難アリヤ。
女難アリヤ。
神妙ニ返答スベシ」
[#ここで字下げ終わり]

 差し出した紙片を受取りながら、老いたる白髯《はくぜん》の観相家は、自ら阿部流と誇称する通り、あたかも阿部の晴明の再来ででもあるかのごとく、いとも厳粛に威容を取り繕《つくろ》って、気取りに気取りながら、筮竹《ぜいちく》算木《さんき》[#ルビの「き」は底本のママ]をつまぐりはじいていましたが、やがて勿体らしく書きしたためた筆答が、また少なからず
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