のかたわらに、ずいと近よりました。

       五

 ――疵は、逃げようとしたところをでも追い斬りに斬り下げられたらしく、右肩から左へ斜《はす》にうしろ袈裟《げさ》が一太刀です。しかし、斬った方でも余程慌てていたと見えて、危うくも急所をはずれていたのは、せめてもの幸運でした。
「ほほう、手当を急がば助からぬものでもないな。よしよし。――見世物ではない。退《ど》こうぞ。退こうぞ」
 物見高く囲りに集《たか》って、なすところもなくわいわいと打ち騒いでいる群衆を押しのけながら、退屈男はのっそりと露払いの弥太一といった、その若者の傍らに歩みよりました。
「ち、畜生ッ、うぬまでも来やがったかッ。後生だッ。後生だッ、もう勘弁してくれッ、この上斬るのは勘弁してくれッ。さっきヘゲタレと言ったのは、おれが悪かった。か、勘弁してくれッ。この上|弄《なぶ》り斬りするのは勘弁してくれッ」
 それを弥太一が思いすごして、敵意あってのことと取ったらしく、必死にもがきながら訴えたのを、
「目違い致すな。江戸侍は気《き》ッ腑《ぷ》が違うわッ」
 全くそうです。ずばりと爽かに言いながら、目早く群衆を見廻していたが
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