らぬ他国の旅だけに、わびしいのです。あの旅情――ひとり旅の旅びとのみが知るはかなくも物悲しいあの旅情もいくらか手伝って、ふと思いついたのが島原見物でした。江戸にいた頃は、雪が降ろうと風が吹こうと、ひと夜とて吉原ぞめきを欠かしたことのない退屈男です。思い立ったとなると、その場に編笠深く面《おもて》をかくして、白柄細身をずっしり長く落して差しながら、茶献上《ちゃけんじょう》の博多は旗本結び、曲輪《くるわ》手前の女鹿坂《めじかざか》にさしかかったのは、丁度|頃《ごろ》の夕まぐれでした。
「お寄りやす。お掛けやす――ま! すいたらしい御侍様じゃこと。サイコロもございます。碁盤もございます。忍びの部屋もございます。お寄りやす。御掛けやす」
その女鹿坂上の、通称一本楓と言われた楓の下の艶《なま》めいた行燈の蔭から、女装した目にとろけんばかりの色香を湛えて、しきりに呼んでいるのは、元禄の京に名高い陰間《かげま》茶屋です。――江戸の陰間茶屋と言えば、芝の神明裏と湯島の天神下と、一方は増上寺、一方は寛永寺と、揃いも揃って女人禁制のお寺近くにあるというのに、京はまたかくのごとく女には不自由をしない曲輪手
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