夜な変な女が出て袖を引いて、いち夜妻のその一夜代が、ただの十六文だというのだ。
されば、退屈男の青月代《あおさかやき》も冴え冴えとして愈々青み、眉間《みけん》に走る江戸名代のあの月の輪型の疵痕もまた、愈々美しく凄みをまして、春なればこそ、京なればこそ、見るものきくもの珍しいがままに、退屈が名物のわが退屈男も、七日が程の間は、あちらへぶらり、こちらへぶらり、都の青葉の風情を追いつつ、金に糸目をつけない京見物と洒落込《しゃれこ》みました。
だが、そろそろとその青かった月代が、胡麻《ごま》黒く伸びかかって来ると、やはりよくない。どうもよくない。極め付きのあの退屈が、にょきりにょきりと次第に鎌首を抬《もた》げ出して来たのです。何しろ世間は泰平すぎるし、腕はあっても出世は出来ず、天下を狙いたいにも天下の空《あき》はないし、戦争《いくさ》をしたくも戦争は起らず、せめて女にでもぞっこん打ち込む事が出来ればまだいいが、生憎《あいにく》と粋《すい》も甘いも分りすぎているし――そうして、そういう風な千二百石取り直参お旗本の金箔《きんぱく》つきな身分がさせる退屈ですから、いざ鎌首を抬げ出したとなると、知
前へ
次へ
全54ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング