と見えて、間《あい》の襖のところから太夫八ツ橋が、花の八ツ橋、かきつばたにもまごう気品豊かな面をのぞかせながら、まじまじと退屈男の姿を見眺めていましたが、嫣然《えんぜん》として笑いをみせると、
「ぬしはん。またおいでやす――」
 一|揖《ゆう》しながらくるりとうしろを向くと、ぴたり襖をしめきりました。
「わははは、なかなか鮮かにあしらいおる喃。参った、参った。見事に負けたか。いや、よい、よい。京の女子《おなご》も存外と面白いわ。――さてのう。負けたとならば何とするかな」
 快然と打ち笑みながら、どうしたものかというように考えていたのを、隣りの一座は知ってか、知らずか、暫く騒がしいざわめきをつづけていましたが、そのとき不意に鋭く叫んだ声が、[#底本では「、」が脱落]襖の向うからきこえました。
「やっぱり睨んだ通りじゃッ。切支丹宗徒に相違ないッ。珠数屋、神妙にお繩うけいッ」

       四

「はてな!?[#「!?」は横一列]」
 意外に思って退屈男は、すっくと立ち上がると、一刀はしッかと左手、きらりとまなこを光らしながら、さッと襖をあけました。
 と――見よ! 一瞬前とは主客事かわっ
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