こうとしているだけに許せないのです。しかし、問題は珠数屋のお大尽に、切支丹の気があるかどうかなのだ。これをお繩にしたのだったら、止むをえないが、全然それらしい匂いすらもない者を、無実と知りながら罪におとし入れようとの細工であったら、――退屈男の双の目はキラリと冴え渡りました。
「珠数屋というからには仏に縁がある筈、よもやあれなる大尽、切支丹宗徒ではあるまいな」
「ねえんです。ねえんです。切支丹どころか真宗《しんしゅう》のこちこちなんだのに、只あの変な観音様を内証《ないしょ》に所持しているというだけで、やみくも因縁つけようというんだから、今となっちゃあっしまでも野郎達四人が憎くなるんです。言ううちにも、お大尽がお仕置《しおき》にでもなッちや可哀そうだから、ひと肌ぬいでおくんなせえまし。大尽のうちゃ、つい近くの西本願寺様を表へ廻ったところなんだから、行ってみりゃ容子がお分りの筈です。おお痛てえ! もう死にそうなんだッ。打ち斬っておくんなせえまし! 早えところお出かけなすって、打ッた斬っておくんなせえまし! 後生でござんす! 後生でござんす!」
「ようし! 参ろうぞ。対手が所司代付きとあらば、骨があるだけに、どうやらずんと退屈払いが出来そうじゃわい。ならば八ツ橋太夫、弥太一とやらの介抱手当は、しかと頼んでおくぞ」
「大丈夫でござんす。御縁があらばあとでしッぽりと、いいえ、ゆるゆる。……ゆずる葉! お乗り物じゃ。お乗り物じゃ。早うお駕籠をとッて進ぜませい」
 色香も程の、うれしく仇な八ツ橋の言葉をあとにして、ひらりと駕籠に乗るや一散走り。――

[#ここから3字下げ、ただし冒頭の歌記号のみは2字下げ]
※[#「※」は「歌記号」、第三水準1−3−28、107−16]すういとな、すういとな。
ぬしが帰りの駕籠道に
憎や小雨が降るわいな。降るわいな。
[#ここで字下げ終わり]

 灯影を縫ってどこかの二階からか、やるせなさそうな爪弾《つまびき》の小唄が、一散走りのその駕籠を追いかけてなまめかしく伝わりました。

       六

 道は、壬生《みぶ》のお屋敷小路を通りぬけてしまうと、目ざした西本願寺前までひと走りです。行きついて見ると、いかさま珠数屋というのは、この界隈《かいわい》名うての分限者らしく、ひとめにそれと分る程の大きい構えでした。いや、それよりも退屈男の目をそば立たしめたものは、疾風迅雷的《しっぷうじんらいてき》に闕所取払《けっしょとりはら》いの処断をつけてしまおうというつもりらしく、すでにもう所司代付きの物々しい一隊が押しかけて、家の周囲にはいかめしく竹矢来を結い廻し、目ぼしい家財道具はどしどしと表に運び出しながら、しきりと右往左往している不埒な端役人《はやくにん》達のその姿でした。元よりそんな言語道断な処置はない。かりにも闕所ところ払いというがごとき、町家にとって最も重い処断をするについては、一応も二応も細密なお白洲吟味《しらすぎんみ》にかけた上で、踏むべき筋道を踏んでから、初めて一切を取りしきるのが御定法《ごじょうほう》の筈です。然るにも拘わらず、珠数屋のお大尽を引ッ立てると殆んど同時のように、かくも身代押えを急いでいるのは、弥太一の言ったごとく、役向き権限を悪用して巧みに財物を私しようとのよからぬ下心であることが、すでにその一事だけで一目瞭然でしたから、退屈男の江戸魂は勃然として義憤に燃え立ちました。
 のっそりと駕籠から降りて、折からの宵闇を幸い、そこの小蔭に佇みながら見守っていると、それとも知らずにあちらへ命じ、こちらの小者達に命じながら、しきりに采配振っているのは、先刻、お大尽を繩にしてこれ見よがしに引き揚げていった四人のうちの二人です。しかも、その采配振りが実に不埒《ふらち》でした。金にならないような安家財はこれを所司代詰所に送り、めぼしい品は、数多くの千両箱と共に、どこへ送ろうというのか、その行く先を心得ているらしい小者達に命じて、どんどんと違った道を違った方向に運ばせているのです。無論、かくのごとき言語道断な処分の仕方というものは、あろう筈がない。公儀定むるところの掟《おきて》に従って、家財没収身代丸押えの処断をするなら、金目安物、ガラクタめぼしい品と、その財物をふた色に選り分けて、ふた所に運ぶという法はないのです。あきらかにその一事もまた、私財横領のよかならぬ悪計を察するに充分な行動でしたから、無数と言ってもいい程の千両箱を行列つくって担《にな》わせながら、しすましたりというように引き揚げようとしていた二人の前にずいと立ちふさがると、退屈男は黙ってバラリ編笠をはねのけました。
「よッ――」
「………」
「さッきの奴じゃな! 行く手をふさいで何用があるのじゃ! 何の用があってつけて来たのじゃ!」
 ぎょッと
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