うに大切にしている話を嗅ぎつけたのが、所司代のあの四人の野郎達なんです。これがまたおしい位の腕ッ利き揃いなんだが、ちッとばかり料見がよくねえんで、ひょッとすると切支丹の観音像かも知れねえと見当つけやがったと見えてね、ご存じの通り、切支丹ならば御法度《ごはっと》も御法度の上に、その身は礫《はりつけ》、家蔵身代《いえくらしんだい》は闕所《けっしょ》丸取られと相場が決まっているんだから、――おお、苦しい! 太夫水を、水をいっぺえ恵んでおくんなせえまし――ああありがてえ、畜生めッ、これでくたばりゃ七たび生れ代っても野郎四人を憑《と》り殺してやるぞッ――だからね、どうぞして観音像の正体を見届け、もしも切支丹の御秘仏だったら、御法度を楯に因縁つけて、大ッぴらに珠数屋の身代二十万両を巻きあげようとかかったんだが、お大尽がまた何としてもその観音像を見せねえんです。だから手段《てだて》に困って、出入りのこのあっしに渡りをつけやがって、うまくいったら五百両分け前をやるからと、仲間に抱き込みやがったんです。われながらなさけねえッたらありゃしねえんだが、五百両なんて大金は、シャチホコ立ちしたってもお目にかかれねえんだから、つい欲に目が眩《くら》んで片棒かつぐ気になったのがこの態《ざま》なんです。だけどもお大尽は、幾らあっしがお気に入りでも、どんなにあっし達が機嫌気褄《きげんきづま》を取り結んでおだてあげても、あの観音像ばかりはと言って、ちっとも正体を見せねえので、とどひと芝居書こうと考えついたのが、こちらの八ツ橋太夫なんです。――おお苦しい! もう、もう声も出ねえんです。苦しくて、苦しくて、あとはしゃべれねえんです。これだけ話しゃ、太夫がもう大方あらましの筋道もお察しでしょうから、代って話しておくんなせえまし。くやしいんだッ、是が非でも奴等の化けの皮を引ッぱいでやらなきゃ、死ぬにも死にきれねえんだッ。いいや、旦那にその讐《かたき》を討って貰うんです! どうやら気ッ腑のうれしい旦那のようだから討って貰うんです。だから太夫、話してやっておくんなせえまし。あっしに代って、よく旦那に話してやっておくんなせえまし……」
「よう分りました。どうもお初の時から御容子が変だと思いましたが、それで何もかも察しがついてでござんす。話しましょう、話しましょう。代って話しましょうゆえに、江戸のぬしはんもようきいておくれやす。十日程前でござんした。こちらの弥太一様がわたしを名ざしでお越しなはってな、お前はこの曲輪《くるわ》で観音太夫と仇名されている程の観音ずきじゃ。ついては、珍しい秘仏をさるお大尽様が御秘蔵[#「御秘蔵」は底本では「御秘像」と誤植]じゃが見とうはないかと、このようにおっしゃったんでござんす。観音様は仇名のようにわたしが日頃信心の護り本尊、是非にも拝ましておくんなさんしと早速駄々をこねましたら、あのお大尽をお四人様達大勢が、面白おかしゅう取り巻いてお越しなはったんでござんす。なれども、よくよくお大切《だいじ》の品と見えて、なかなかお大尽が心やすう拝ましてくだはりませんのでな、みなさんに深いお企らみがあるとも知らず、口くどうせっつきましたところ、ようようこん日拝まして下はるとのことでござんしたゆえ、楽しみにしてさき程、ちらりと見せて頂きましたら、御四人様が不意に怕《こわ》い顔をしなはって、まさしく切支丹じゃッ、お繩うけいッ、とあのようにむごたらしゅうお大尽をお召し捕りなすったんでござんす。それから先は、どうしてまた弥太一様が、こんな姿になりましたことやら、わたくし察しまするに――」
「どうもこうもねえんだ。おいらを、この弥太一を生かしておきゃ後腹《あとばら》が病めるからと、バッサリやりやがったんです。斬ったが何よりの証拠なんだ。奴等の企らみが、あくでえ[#「あくでえ」に傍点]細工が、世間にバレねえようにとこの俺を斬ったが何よりの証拠なんだ。野郎共め、今頃はほくそ笑みやがって、珠数屋の二十万両を丸取りにしようとしているに違げえねえんです。いいや、お大尽も早えところ片附けなきゃと、今頃はお仕置台《しおきだい》にでものっけているに違げえねえんです。いっ刻《とき》おくれりゃ、いっ刻よけいむごい目にも会わなきゃならねえに違げえねえんだから、ひと乗り乗り出しておくんなせえまし、後生でござんす! 後生でござんす!」
 ギリギリと歯ぎしり噛んで、苦しげに訴えた弥太一の血まみれ姿を黙然と見守りながら、わが好もしき江戸名物の旗本退屈男はじりじりと傍らの白柄細身をにぎりしめました。事実としたら、もとより許しがたい。企らみのあくどさは言うまでもないこと、より以上に許せないのは四人のその身分です。御禁中警固、京一円取締りの重任にあるべき所司代詰の役侍が、その役柄を悪用して不埒《ふらち》を働
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