、近くに若いのが大いにイナセがって、三尺帯を臍《へそ》のあたりにちょこなんと巻きつけていたのを発見すると、
「お誂え向きじゃ。ほら、くるッと三べん廻って煙草にしろ」
 ねじ廻すようにくるくると身体を廻しながら、素早く白三尺をほどいて取って、当座の血止めにキリキリと傷口を、それもごく馴れた手つきで敏捷に結わえました。その江戸前のうれしい気性と、うれしい手当に、すっかり感激したのは露払いの弥太一です。
「仏だ。仏だ、ああ痛え! おお痛え! いいえ、旦那は生仏《いきぼとけ》でござんす。悪態《あくたい》ついた野郎を憎いとも思わねえで、御親切[#「御親切」は底本では「御視切」と誤植]な御手当は涙がこぼれます。おお痛え! ああ痛え、畜生ッ、ほ、骨がめりこむようだ。いいえ、涙が、涙がこぼれます。御勘弁なすっておくんなさいまし、さっきの、さ、さっきの悪態は御勘弁なすっておくんなさいまし」
 必死に歯を喰いしばって、必死に苦痛を耐《こら》えながら、手を合わさんばかりにお礼の百万遍を唱えました。――だが、退屈男は淡々たること水のごとし!
「現金な奴よ喃《のう》。ヘゲタレにしたり生仏にしたり致さば、閻魔様《えんまさま》が面喰らおうぞ。それより女! こりゃ、女」
 そこの暖簾先《のれんさき》に住の江の婢共《おんなども》が、只打ちうろたえながらまごまごしているのを見つけると、叱るように言いました。
「大切《だいじ》なお客様がお怪我を遊ばしたのじゃ。早く介抱せい」
「………」
「何をためらっているのじゃ。京のお茶屋は、小判の顔を見ずば、生き死の怪我人の介抱もせぬと申すかッ」
 辛辣《しんらつ》な叱咤《しった》です。仕方がないと言うように手を添えた女達を促して、退屈男が瀕死の弥太一を運ばせていったところは、一瞬前、遊女達の美しい仇花《あだばな》が咲いた二階のあの大広間でした。
「ま! むごたらしい……」
 血まみれなその姿を眺めて、ぎょッと身を引きながら生きた心地もないように八ツ橋太夫は唇までも青ざめていたが、さすがは京の島原で太夫と言われる程の立て女でした。
「みなの衆は何をぼんやりしてでござんす。気付け薬はどこでござんす。医者も早う呼んであげて下さんし」
 新造達を叱って、取りあえず応急の手当にかからせました。だが、退屈男にとって第一の問題となり、何よりも急がれたものは、それまで行動を共にしていた者が、なにゆえ不意に斬られたかその不審です。手当の気付け薬で弥太一が、徐々に元気づいたのを見ますと、ぜひにもその謎を解いてやろうと言わぬばかりに、膝を乗り出してきき尋ねました。
「定めし深い仔細《しさい》あっての事であろう。何が因《もと》での刄傷じゃ」
「何もこうもねえんです。あの四人の野郎達は猫ッかむりなんです。喰わせ者なんです」
「なに! では所司代付の役侍とか申したのは、真赤な嘘か」
「いいえ立派な役侍なんです。役侍のくせに悪党働きやがって、人をこんなに欺《だま》し斬りしやがるんだから猫ッかむりなんです。おお痛え! 畜生ッ、くやしいんだッ、人を欺しやがって、くやしいんだッ。これも何かの縁に違えござんせぬ。打ッた斬っておくんなせえまし! 後生でござんす。あっしの代りに野郎共四人を叩ッ斬っておくんなせえまし!」
「斬らぬものでもない。退屈の折柄ゆえ、事と次第によっては斬ってもつかわそうが、仔細を聞かぬことにはこれなる一刀、なかなか都合よく鞘鳴りせぬわ。そちを欺したとか言うのは、どういう事柄じゃ」
「そ、そ、それが第一|太《ふて》えんです。話にも理窟にもならねえほど太てえ事をしやがるんです。こうなりゃもうくやしいから、何もかも洗いざらいぶちまけてしまいましょうが、あっしゃ珠数屋へ出入りの職人なんです。ちッとばかり植木いじりをしますんで、もう長げえこと御出入りさせて頂いておりましたところ、――おお痛え! 太夫、命助けだ。もう一服今の気付け薬をおくんなせえまし、畜生めッ、旦那に何もかもお話しねえうちは、死ねって言っても死なねえんだッ。――ああ有りがてえ、お蔭ですっと胸が開けましたから申します。申します。話の起こりっていうのは、さっき御覧になったあの観音像なんです」
「ほほう、やはりあれがもとか。どうやら異国渡りの秘像のようじゃが、あれがどうしたと言うのじゃ」
「どうもこうもねえ、野郎達四人があれを種にひと芝居書きやがったんです。というのが、珠数屋のお大尽も今から考えりゃ飛んだ災難にかかったものだが、十年程前に長崎へ商売ものの天竺珠数《てんじくじゅず》を仕入れにいって、ふとあの変な観音像を手に入れたんです。ところがどうしたことか、それ以来めきめきと店が繁昌し出しましたんで、てっきりもうあの観音像の御利益と、家内の者にも拝ませねえほど、ひたがくしにかくして、虎の子のよ
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