すばらしい威嚇です。不気味な威嚇です。――抜くか? 来るか? かかって来るか? 無論こうなったからには、時の勢いとしても多勢を恃《たの》みながら抜きつれ立って来るだろうと思われたのに、だが結果はいささか案外でした。眼《がん》の配り、体の構え、そして退屈男のすさまじい胆力と、不気味に妖々として無言の威嚇を示している額の月の輪型が、尋常一様の疵痕でないことに気がついたとみえて、四人はじりじりとうしろに体を引きながら、互に何か目交《めま》ぜで諜《しめ》し合わせていましたが、合図が通じたものか、そのとき恐れ気もなくのこのこと間に割って這入って来たのは、誰ならぬお大尽でした。
「分りました、分りました。それならそうと、あっさりおっしゃって下さりましたらよろしかったのに、何もかも、もう分りましてござります。ほんのこれは些少でござりまするが、わらじ銭代りと思召しなさいまして、お納め下されませ」
卑しげに笑い笑い、憚りもなく差し出したのは紙にもひねらぬむき出しの小判が二枚です。
「控えろッ」
当然のごとくに退屈男の一喝が下りました。
「目違いするにも程があろうわッ。身共を何と心得おるかッ。そのような汚物《おぶつ》がほしゅうて対手したのでないわッ。退屈なればこそあしろうたのじゃ。それなる四人! 急に腰の一刀が鞘鳴りして参った。前に出ませい! 尋常に前へ出ませい!」
「いえ、もう、お四人様はともかく、手前が不調法致しましてござります。そのように御威張り遊ばさずと、お納め下されませ。小判の顔を拝みましたら何もかも丸う納まります筈、では失礼。お四ッたり様もお早く! お早く!」
不埓《ふらち》にも町人は飽くまでも退屈男を、ゆすりかたりの物乞い浪人とでも見下げているのか、小判を足元に投げすてながら、四人の取り巻侍を促して逃げるように姿を消しました。
三
退屈男の憤激したのは言うまでもないことでした。四人も四人ながら、珠数屋の大尽とか言った町人の、許しがたき振舞いは、言語道断沙汰の限りです。凄艶な面に冷たい笑いを浮べながら、道行く人を物色していましたが、丁度通りかかったのは、夕遊びでもうひと堪能して来たらしい京男でした。
「まて、町人」
「へ?……」
「打ち見たところ大分のっぺりと致しておるが、その風体では無論のことに曲輪《くるわ》の模様よく存じておろうな」
「………?」
「何を慄えているのじゃ。大事ない、大事ない。知っておらばちと尋ねたい事があるが、存じておるか」
「左様でござりましたか。あてはまた、あまり旦那はんが怕《こわ》い顔していなはりますゆえ、叱られるのやないかと思うたのでござります。お尋ねというは何でござります」
「今のあれじゃ。珠数屋の大尽じゃ」
「ああ、あれでござりまするか。あれはもうえらい鼻つまみでござりましてな。ああして所司代付きのお武家はんを用心棒に買い占めなはって、三日にあげずこの廓《さと》をわがもの顔に荒し廻っていやはりますさかい、誰もかれも、みなえらい迷惑しているのでござります」
「ほほう、ではあれなる武家達、所司代詰の役人共じゃと申すか」
「ええ、もう役人も役人も、何やら大分高いお役にいやはります方々やそうにござりますのに、どうしたことやら、あのようにお髯《ひげ》のちりを払っていやはりますさかい、お大尽がまたいいこと幸いに、小判の威光を鼻にかけて、なすことすることまるで今清盛《いまきよもり》のようでござります」
きくや、退屈男の江戸魂は、公私二つの義憤から勃然《ぼつぜん》として燃え上がりました。歴たる公職にある者達が、身分も役柄も忘れて一町人の黄金力に、拝跪《はいき》するかのごとき屈辱的な振舞いをするからこそ、珠数屋のお大尽なる名もなき輩《やから》が増長しているに相違ないのです。増長していればこそまた、世間をも甘く見、人をも甘く見て、今のさきのごとく、あらゆる事を小判の力に依って解決しようと、あのような思い上がった振舞いをもしたに相違ないのです。
「よかろう! ひと泡吹かしてやろうわ。奴等の根城《ねじろ》は何という家じゃ」
「ほら、あそこの柳の向うに、住の江、と言う灯り看板が見えますやろ。あれが行きつけの揚げ屋でござります」
退屈男は躊躇なくあとを追いました。――折から島原の宵は、ほんのり夢色に暮れ果てて、柳の葉陰に煙る夕霧、霧にうるんでまばたく灯影。その灯影の下を雪駄《せった》の音が風に流れて、京なればこそ往き来の人の姿も、みやびやかにのどかでした。それゆえにこそまた、退屈男の江戸前ぶりは、威風あたりを払って圧倒的に爽かでした。いや、威風ばかりではない。その気品、水ぎわ立った恰幅《かっぷく》、直参なればこそ自ら溢れ出る威厳です。
「出迎えせい!」
ずばりと言って、教えられたその住の江の店先
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