行けッ」

       五

 かくして乗りつけたところは、粋客《すいきゃく》嫖客《ひょうきゃく》の行きも帰りも悩みの多い、吉原大門前です。無論もう客止めの大門は閉じられていましたが、そこへ行くと三とせ越しのお顔が物を言うのだから叶わない。
「早乙女主水之介、また罷り越すぞ」
 会所の曲輪役人共を尻目にかけながら、ずいとくぐりぬけて、さっさと登《あが》っていった家は意外と言えば意外ですが、先程宵のうちに待ち伏せていて、恋慕の口説《くぜつ》を掻きくどいたあの散茶女郎水浪のいる淡路楼でした。
 喜び上がったのは無論水浪です。小格子女郎のところへなぞはどう間違ったにしても、舞い降りて下さる筈もないお直参の旗本が、それを向うから登楼したので、悉く思い上がりながら仇めかしく両頬を紅《くれない》にぽっと染めて、ふるいつくように言いました。
「ま! よう来てくんなました。では、あの、わちきの願いを叶えて下さる気でありいすか」
「まてまて。叶える叶えないは二の次として、ちとその前に頼みたい事があるが、聞いてくれるか」
「ええもう、主《ぬし》さんの事ならどのようなことでも――」
「左様か、かたじけない
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