きなさるものじゃな」
皮肉交りに呟いていましたが、御愛妾が病気保養に長い事滞在していて、同じ屋敷に名前を聞いただけでも優男らしい霧島京弥というような若者が勤番していて、その上、御愛妾は上屋敷へ行ったと言うにも拘らず、駕籠のもってかえった提灯の紋様は曲輪仕立ての意気形でしたから、早くも何事か見透しがついたもののごとく、退屈男のずばりと言う声がありました。
「その駕籠、暫時借用するぞ」
「な。な、なりませぬ。これは下々《しもじも》の者などが、みだりに用いてはならぬ御上様《おかみさま》の御乗用駕籠でござりますゆえ、折角ながらお貸しすること成りませぬ」
「控えい、下々の者とは何事じゃ、榊原大内記《さかきばらだいないき》侯が十二万石の天下諸侯ならば、わしとて劣らぬ天下のお直参じゃ。直参旗本早乙女主水之介が借りると言うなら文句はあるまい――こりゃそこの陸尺共、苦しゅうないぞ、そのように慄えていずと、早う行けッ」
威嚇するかのごとくに言いながら、ずいと垂れをあげて打ち乗ると、落ち着き払って命じました。
「さ、行けッ。行けッ。今そち達が行って帰ったばかりの曲輪《くるわ》へ参るのじゃ、威勢よく飛んで
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