染めぬいた、ひどく艶《なま》めかしい紋でした。造りも亦|朱骨造《しゅぼねづく》りのいとも粋な提灯でしたから、どうも見たような、と思って考えているその胸の中に、はしなくもちかりと閃めき上がったものは、退屈男が丸三年さ迷って、見覚えるともなく見覚えておいた曲輪《くるわ》五町街の、往来途上なぞでよく目にかけた太夫|花魁《おいらん》共の紋提灯です。
「道理で粋《いき》じゃと思うたわい。暇があらば人間、色街《いろまち》にも出入りしておくものじゃな」
呟いていたかと見えましたが、間をおかないで鋭い質問の矢が飛びました。
「その駕籠は、誰をどこへ連れ参った帰り駕籠じゃ」
「これは、その、何でござります……」
陸尺《ろくしゃく》共が言いもよったのを御門番の番士が慌てながら引き取って言いました。
「お上屋敷へ急に御用が出来ましたゆえ、御愛妾のお杉の方様が今しがた御召しに成られての帰りでござります」
「なに? では、当下屋敷には御愛妾がいられたと申すか」
「はっ、少しく御所労の気味でござりましたゆえ、もう久しゅう前から御滞在でござります」
「ほほうのう、お大名というものは、なかなか意気なお妾をお飼いお
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