字となっている兄のうしろに黙々と寝間着を介添えました。それがいつもの習慣と見えて、退屈男も黙然《もくねん》として起き上がりながら、黙然として寝間着に着替えようとした刹那! 聞えたのはすすり泣きです。
「おや! 菊、そちは泣いているな」
図星をさされてか、はッとして、慌《あわ》てながら一層面をそむけましたが、途端にほろほろと大きな雫《しずく》が、その丸まっちく肉の熟《う》れ盛った膝がしらに落ち散ったので、退屈男の不審は当然のごとくに高まりました。
「今迄一度もそのような事はなかったが、今宵はまたどうしたことじゃ」
「………」
「黙っていては分らぬ。兄が無役で世間にも出ずにいるゆえ、それが悲しゅうて泣いたのか」
「………」
「水臭い奴よな。では、兄が毎晩こうして夜遊びに出歩きするゆえ、それが辛うて泣くのか」
「………」
「わしに似て、そちもなかなか強情じゃな。では、もう聞いてやらぬぞ」
と――、もじもじ菊路が言いもよって、どうした事かうなじ迄もいじらしい紅葉に染めていましたが、不意に小声でなにかを恐るるもののごとくに念を押しました。
「では、あのおききしますが、お兄様はあの決して、お叱
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