ん》ながらも形を整えていましたが、肝腎の上働らきに従事する腰元侍女小間使いの類は、唯の半分も姿を見せぬ変った住いぶりでした。しかも、それでいてこの変り者は、もう三十四歳という男盛りであるのに、いち人の妻妾すらも蓄えていないのでしたから、何びとが寝起きの介抱、乃至は身の廻りの世話をするか、甚だそれが気にかかることでしたが、天はなかなか洒落た造物主です、いともうれしい事に、この変り者はいち人の妹を与えられているのでした。芳紀まさに十七歳、無論のこと玲瓏《れいろう》玉《たま》をあざむく美少女です。名も亦それにふさわしい、菊路というのでした。
 さればこそ居間へ這入って見ると、すでにそこには夜の物の用意が整えられていましたので退屈男はかえったままの宗十郎頭巾姿で、長い蝋色鞘すらも抜きとろうとせずに、先ずごろり夜具の上へ大の字になりました。
 と――、その物音をききつけたかして、さやさや妙なる衣摺《きぬず》れの音を立てながら、近よって来たものは妹菊路です。だが、殊のほか無言でした。黙ってすうと這入って来ると、短檠《たんけい》の灯影《ほかげ》をさけるようにして、その美しい面を横にそむけながら、大の
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