えず、大身《たいしん》旗本のこの名物男早乙女主水之介に、もう久しい前から及ばぬ恋慕をよせている、そこの淡路楼と言う家の散茶女郎《さんちゃじょろう》水浪《みずなみ》でした。うれしいと言えばうれしい女の言葉でしたが、しかし主水之介は冷やかに微笑すると、ずばりと言いました。
「毎夜々々、うるさい事を申す奴よな。わしが女子《おなご》や酒にたやすく溺るる事が出来たら、このように退屈なぞいたさぬわ」
あっさりその手を払いすてると、悠然として揚屋《あげや》町の方にまた曲って行きました。
こうしてどこというあてもなく、ぶらりぶらりと二廻りしてしまったのが丁度四ツ半下り、――流連《いつづけ》客以外にはもう登楼もままならぬ深夜に近い時刻です。わびしくくるりと一廻りした主水之介は、そのままわびしげに、道をおのが屋敷の本所長割下水に引揚げて行きました。
三
屋敷は、無役《むやく》なりとも表高千二百石の大身ですから、無論のことに一丁四方を越えた大邸宅で、しかも退屈男の面目は、ここに於ても躍如たる一面を見せて、下働らきの女三人、庭番男が二人、門番兼役の若党がひとりと、下廻りの者は無人《ぶに
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