に始まったのではなく、殆んど三年来の一日一夜も欠かしたことのない日課なのでした。それも通いつめた女でもあるのなら格別なこと、どこにそれと思われる対手もないのに、唯そうやって一廻りするだけなのですから、まことに変り者です。しかし主水之介にして見れば大いに理由のあることで、せめてもそんな事なとしていなくては、とても彼は、この人の世が、否生きている事すら迄が、退屈で退屈でならないためからでした。
 退屈! 退屈! 不思議な退屈! 何が彼をそんなに退屈させたか?――言わずと知れたその原因は、古今に稀な元禄という泰平限りない時代そのものが、この秀抜な直参旗本を悉く退屈させたのでした。今更改まって説明する迄もなく、およそ直参旗本の本来なる職分は、天下騒乱有事の際をおもんぱかって備えられた筈のものであるのに、小癪なことにも江戸の天下は平穏すぎて、腹の立つ程な泰平ぶりを示し、折角無双な腕力を持っていても、これを生かすべき戦乱はなく、ために栄達の折もなく、むしろ過ぎたるは及ばざるに如《し》かずのごとき無事泰平を示現しつつありましたので、早乙女主水之介のごとき生粋の直参旗本にとっては、この世が退屈に思われ
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