とは、別に不思議とするに足りない事でしたが、しかし、少しばかり不審だった事は、救われたそれなるお小姓の方です。よし、手は下さなかったにしても、ともかく危難を救い出されたとすれば、お礼のひとこと位は言うべきが武士の定法の筈でしたのに、どうした事か主水之介が気がついてみると、すでに若衆髷の姿は煙のごとくいず地かへ失せ去っていたあとでした。
「ほほう、若者までが消え失せるとは少し奇態じゃな」
 いぶかしそうに首をかしげていましたが、やがて静かにまた頭巾をすると、両手を懐中に素足の雪駄を音もなく運ばせて、群衆達の感嘆しながらどよめき合っている中を、悠然として江戸町の方へ曲って行きました。
 だが、曲るは曲って行ったにしても、素見《ひやかし》一つするでもなく、勿論|登《あが》ろうというような気はいは更になく、唯何と言うことなくぶらりぶらりと、曲っていっただけの事でした。しかし、何の目的もないかと言うに、そうではないのです。実はこれが主水之介に、あまり類のない旗本退屈男と言うような異名を生じさせたそもそもの原因ですが、実に彼のこうして吉原五町街をぶらぶらとあてもなくさ迷いつづける事は、きのうや今日
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