こんな不思議はない。ふらちはない。別な稼業《かぎょう》ならいざ知らず、同じ商売の両替屋なのです。恩ある主家なら、別な町か、遠いところへ店を張るべきがあたりまえなのに、まるで商売がたき、客争いをいどむように、二町と離れない近くへのれんを張っているのです。
「笑わしゃがらあ。ねえ、あにい、どうでえ。おかしくって腹がよじれるじゃねえかよ」
「そうですとも。あっしゃもうさっきからおかしくってしようがねえんだ」
「ばかに勘がいいが、なにがおかしいかわかっているのかよ」
「わかりますとも。あのおやじの顔でがしょう。ちんころが縫いあげしたような顔ってえことばがあるが、こんなのは珍しいや。浅草へでも連れていったら、けっこう暮れのもち代はかせげますよ」
「あほう」
「へ……?」
「いつまでたっても知恵のつかねえやつだ。だから嫁になりてもねえんだよ。おいらのおかしいのは、あば敬のことなんだ。不審のかどありが聞いてあきれらあ。ちゃんとこの店の前に、不審のかどのご本尊がいらっしゃるじゃねえかよ。のれんを分けてもらった子飼いの番頭が、ご本家へ弓を引くようなまねをするはずがねえ。ふたりの手代どもが忠義顔に罪を着た
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