う」
「さようでござんす。よくご存じですな。あのほかにいまひとり――」
「まだいたか!」
「おりました。つえとも柱とも頼んだ番頭がおりましたんですが……」
「なに、番頭!」
「さようでござんす。子どものうちからてまえの兄弟のようにして育ったのがおりましたんですが、店が傾いてくるとしようのないものでござんす。一軒構えたい、のれんを分けてくれと申しますんで、やらないというわけにもいかず、こんな店にまたおってもしかたがあるまいと、ついこのひと月ほどまえに暇をやりました。残ったのはこの小僧ひとり、子もなし、家内もなし、火の消えたようなものでござんす……」
「ふふん、そうか。ひと月ほどまえに暇をとったというか。いくらかにおってきやがったな」
 出馬したとしたら早い。
 にらみも早いが、ホシのつけ方も早いのです。
「その番頭の構えたという店はどこだ」
「あれでござんす」
「あれ?」
「あの前の横町へ曲がるかどにある店がそうでござんす」
 変なところへまた店を張ったものでした。なるほど、店から見とおしの、目と鼻のところに見えるのです。
 のれんも新しく、ご両替、鈴新という文字が目を射抜きました。
 
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