ねえ。
すけだちに早く来ておくんなせえ」
[#ここで字下げ終わり]
 何をあわてているのか、字までが震えて、紙一枚にべたべたと大きく書いてあるのです。
「なんだなんだ」
「なんじゃ!」
「なんでござるか、ろくでもないことかもしれぬが、参らずばなるまい。番頭、駕籠屋は表におるか」
「早く早くとせきたてておりますから、お早くどうぞ」
「そうか。では、参ろう。お先に……」
 怪しむようにふり向いた同僚たちの目に送られながら、名人は不審に首をかしげて、迎えの駕籠にうちのりました。
 同時に、さっと息づえをあげると、早い早い、よくよく伝六がせきたてて迎えによこしたとみえて、柳橋を渡り越えるとひた走りに浅草目ざしました。むろん、目ざすからには伝六のいるところも浅草だろうと思われたのに、あきれた男です。乗ったかと思うまもなく、駕籠の止まったところは、目と鼻どころか、柳橋からはひとまたぎのお蔵前でした。
 おりてみると、往来いっぱいに黒山のような人だかりなのです。だが、不思議なことに、伝六の姿はないのでした。そのかわりに、黒だかりの人の目が一様にお倉の奥をのぞいているのです。右門流の眼《がん》でした。
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