物見高げに人の目が倉の奥へそそがれているからには、伝六のいるところもその奥にちがいなく、事の起きているのもまた同じその倉の奥に相違ないのです。
名人は足早にずかずかと広場を奥へ急ぎました。一ノ倉から始まって、二ノ倉、三ノ倉、九ノ倉と、長い棟《むね》が九棟ある。
しかし、どの棟もどの倉も錠がおりて、人影は夢おろか、なんの異状もないのでした。
いぶかりながら裏へ回ってみると、中秋九日の夕月がちょうど上って、隅田《すみだ》の川は足もとにきらめく月光をあびながら、その川の上へぬっと枝葉を突き出している大川名代の首尾の松までがくっきりとひと目でした。ひょいと見ると、その首尾の松の根もとにうずくまって、必死に背を丸めながら、必死に頭をかくしながら、わなわなと震えている男の影が見えるのです。
「伝六か!」
「え……? き、き、来ましたか! ありがてえ。だ、だ、だんなですか!」
「バカだな。何を震えておるんだ。しっかりしろい!」
「こ、これがしっかりできたら、伝六は柳生《やぎう》但馬守《たじまのかみ》にでも岩見重太郎にでもなんにでもなれるんですよ。あれをあれを、あそこの、あ、あ、あれをよくごらん
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