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 つりさげた着物へぺったりと張りつけておいて、さっさと引き揚げていくと、すぐその足でやっていったところは軒並びのもう一軒の越後屋でした。
 ここに泊まっているのは三十五人。
 着替えを出させて、手に触れた二枚を同じようにつりさげながら、同じ文句の残し書きをしておくと、ふり返りもしないのです。
 そのまま駕籠にゆられて、すうと八丁堀へ引き揚げました。
「バカをするにもほどがあらあ。伝六のこわいおじさんもねえもんだ。あっしがいつ、あんな約束をしたんですかい」
 帰りつくと同時に、さっそく早雷が鳴りだしました。
「あやまったならあやまったと、すなおにいやいいんだ。だんなだっても神さまじゃねえ、たまにゃ手を焼くときもあるんだからね。あんな着物におしろいのにおいがついているかどうか、あっしゃにおいもかいだこたアねえんですよ。伝六に罪をぬりつけるつもりですかい」
「うるさいな、王手飛車取りの珍手をくふうしろといったから、注文どおりやったのじゃねえか。がんがんいうばかりが能じゃねえや。たまにゃとっくり胸に手をおいて考えてみろい。あの着物四枚はどの子どものものだか知らねえが、ああしておきゃ、あの持ち主の四人はもとより、やましいことのねえ子どもがみんな無実の罪を着せられめえと、騒ぎだすに決まってるんだ。そうでなくとも、ああいう他国者の渡り芸人たちゃ仲間のしめしもきびしいが、うちわどうしの成敗|法度《はっと》もきびしいんだ。だれがやった、おまえか、きさまかと、わいわい騒いでいるうちにゃおのずからほんものの下手人がわかるだろうし、わかりゃ手数をかけずにそっくりこっちが小ボシをふたりちょうだいができるというもんじゃねえかよ。日が暮れるまでは高まくらさ。わかったかい」
「なるほど、王手飛車取りにちげえねえや。うまいえさを考えたもんだね。六十人からの子どもがべちゃべちゃ騒ぎだしたとなると、またやかましいんだからな。さあ、こい、敬四郎。知恵のあるだんなを親分に持つと、こういうふうに楽ができるんだ。まくらをあげましょうかい。ふとんを敷きましょうかい。伝六の骨っぽい手でもよければ、お腰ももみますよ」
 晴れてうるさし、曇ってうるさし、しきりときげんをとるのです。
 つるべ落としにしだいに暮れて、そこはかとわびしい初秋の夕暮れが近づきました。
「むこうへ行きつくと、ちょうど暮れ六ツです。さあいらっしゃい。お駕籠の用意はできているんですよ」
「何丁だ」
「うれしくなったからね。あっしが手銭を気張って、二丁用意したんですよ」
「一丁にしろ」
「へ……?」
「一丁返せというんだよ」
 残ったその一丁に乗るかと思うと、そうではないのです。ぶらりぶらりと自分はおひろいで、から駕籠をあとに従えながら、神田へ行きついたのが暮れ六ツ少しすぎでした。
 丸屋のほうへまず先にはいってみると、案外にもしいんとしているのです。かせぎを終えて帰った二十六人が親方たちに守られながら、ぶらりとさがっている二枚の着物を遠巻きにして、こわいものをでも見るようにながめているのでした。
「こっちじゃねえや。獲物は越後屋の網と決まった。いってみな」
 その越後屋へはいると同時に、騒がしいわめき声ががやがやとまず耳を打ちました。二階へ上がっていってみると、つりさげてある二枚の着物のまわりに角兵衛たちがまっくろくたかって、わき返っているさいちゅうなのでした。
「こいつおれんだ。おれの着物だ。おれはそんな人殺しなんぞやった覚えはねえよ」
「じゃ、だれだ、だれだ、だれがやったんだよ」
 ひょいとみると、ひしめきたっているその群れから離れて、暗いあんどんの灯影《ほかげ》の下に、身を引きそばめながら、抱き合うようにして震えている子どもがいるのです。
 それもふたり!
 きらりと名人の目が光ったかと見るまに、静かに歩みよると、人情こまやかな声がおびえているその顔のうえにふりそそぎました。
「おじさんが来たからにゃ心配するなよ。慈悲をかけてあげましょうからのう。あのふろおけの下手人は、おまえたちだろうな」
「…………」
「泣かいでもいい。さぞくやしかったろう。ふたりともあの女にかどわかされて、角兵衛に売られたんでありましょうのう。ちがうか。どうじゃ」
 わっとしゃくりあげてふたりとも泣きじゃくっていたが、温情あふれた名人のことばに、子ども心がしめつけられたとみえるのです。
「ようきいてくれました。おじさんなら隠さずに申します。下手人は、あの下手人は……」
「やはりおまえたちか!」
「そうでござります。おっしゃるとおり、あたいたちはあの女にかどわかされたんでござります……」
「どこでさらわれた」
「浅草の永徳寺でござります。あたしたちふたりとも、親なし子でござります。親なし子だから、永徳寺にもらわれて、六つのとき
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