どんな音か聞くんだ。こうしてつぼを伏せるのかい」
 ごろりと腹ばいになると、あざやかな手つきで、ガラガラポーンと伏せました。
 おどろいたのは伝六です。
「冗、冗、冗談じゃねえや、あごはどうしたんですかよ、あごは! いくらばくちはお上がお目こぼしのわるさにしたって、お番所勤めをしている者が手にするってえ法はねえですよ。場合が違うんだ、場合が! 何をゆうちょうなまねをしているんですかよ!」
 聞き流しながら名人は、無心にガラガラポーンと伏せて、さえたそのつぼ音を無心に聞き入りながら、心気の澄んだその無心の中から何か思いつこうとでもするかのように、しきりともてあそびつづけました。
 ポーンと伏せてあけると、コロコロところがって、ピョコンと賽《さい》が起き上がるのです。
 せつな。
 むくりと立ち上がると、莞爾《かんじ》とした笑《え》みのなかからさわやかな声が飛びました。
「なアんでえ。さあ、駕籠《かご》だ。表のやつらにしたくさせな」
「ありがてえ、眼《がん》がつきましたかい」
「大つきだ。いたずらもしてみるものさ。このさいころをよく見ろよ。ころころところがってはぴょこんと起きるじゃねえか。ふいっと今それで思いついたんだ。ホシは角兵衛獅子《かくべえじし》だよ」
「カクベエジシ?」
「ぴょこんと起き上がる角兵衛獅子さ。身の軽い子どもだからただの曲芸師かと思ったが、まさしく角兵衛のお獅子《しし》さんにちげえねえよ。かどわかされて売られた子どもが、恨みのあまりやった細工に相違ねえ。一年ぶりであいつらがまた江戸へ流れ込んだきのうきょうじゃねえかよ。あっちこっち流して歩くうちに、かどわかしたおマキを見つけて、いちずの恨みにぎゅうとやりました、といったところがまずこのなぞの落ちだ。急がなくちゃならねえ、早くついてきな」
 ひたひたと駕籠はその場に走りだしました。

     5

 目ざしたのは、柳原お馬場に近い神田の旅籠町《はたごちょう》です。
 角兵衛獅子の宿は、軒を並べて二軒ある。
 越後屋《えちごや》というのが一軒、丸屋というのが一軒。秋から冬にかけてのかせぎ場に、雪の国からこの江戸へ流れ出してきている角兵衛獅子は、年端《としは》の行かぬ子どもだけでもじつに六十人近いおびただしい数でした。
 しかし、乗りつけたときは、すでにもう二軒とも、角兵衛獅子の群れが親方に伴われて、四方八方へ流れ出たあとなのでした。行き先は八百八町のどこへ行ったかわからないのです。その数は六十人からあるのです。その中から下手人ふたりをかぎ出すのです。すでにふたりの子どもをかぎ出すことからして難事なところへ、行った先散った先が雲をつかむような八百八町とすれば、じつに難事中の難事でした。
「ちくしょうめッ。めんどうなことになりやがったね」
 たちまちに伝六のあわてだしたのはあたりまえです。
「なんしろ、八百八町あるんだ、八百八町ね。日に一百一町ずつ捜したって八日かかるんですよ。え? ちょっと。何かいい手はねえんですかね。王手飛車取りってえいうようなやつがね」
「…………」
「あっしが下手人でござんす。あっしが絞め殺しましたと首に札をつけているわけじゃねえんだからね。まごまごしてりゃ、ことしいっぱいかかりますぜ」
 やかましくさえずりはじめたのを聞き流しながら、じっとうち考えていた名人が、何か名案を思いついたとみえて、とつぜんウフフとばかり笑いだすと、のっそりと丸屋へはいっていって、穏やかにきき尋ねました。
「おまえのところへ泊まってる角兵衛獅子どもはいくたりだ」
「二十六人でござります」
「帰りは何刻ごろだ」
「いつどちらへ流しに出ておりましても、暮れ六ツかっきりには必ず帰ってまいります」
「じゃ、ひとつおまじないをしておこうよ。寝泊まりしているへやへ案内せい」
 どんどんはいっていくと、やにわにいったものです。
「亭主、子どもたちの着物を出せ」
「は……?」
「変な顔しなくたっていいんだよ。角兵衛たちみんな着替えを持ってるだろう。どれでもいい、その中からふたり分出せ」
 あちらの梱《こうり》、こちらの梱をあけて、山のように積みあげた着替えの中から、手に触れたのをめくら探りに二枚つまみあげると、くるくると小ひもで結わえて、そこの鴨居《かもい》のところへぶらりとつりさげながら、取りよせたすずりの筆をとって、さらさらと不思議な文句を懐紙に書きしたためました。
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「字の読める者がみんなに読んできかせろ。ゆうべ柳原の米屋の女房を絞めころしたやつらは、この着物の持ち主と決まった。おしろいのにおいがしみついているのがなによりの証拠だ。お番所の手が回ったぞ。伝六というこわいおじさんがひったてに来る。みんな気をつけろ」
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