から小僧になっていたのでござります。ちょうど三年まえでござりました。和尚《おしょう》さまはずいぶんかわいがってくださいましたけれど、朝のお勤め、夜のお勤め。寒中なぞはつらいことがござりましたゆえ、どこかほかにいい奉公口でも、と思っておりましたら、あの米屋の鬼女がうまいことばかり並べて、わたしたちを連れ出したんでござります。そのときはかどわかされてこんな角兵衛に売られるとは夢にも思いませなんだゆえ、喜んで参りましたら、雪国へ売られて、お小僧よりももっとつらいめに会わされたのでござります。それゆえ、毎年毎年江戸へ来るたび、もしあの鬼女が見つかったら思い知らせてやろうと、ふたりで相談し合っていたのでござります。こちらの貞坊も十二、あたしも十二、子どもとてもふたり力を合わせたなら恨みが晴らされまいこともあるまいと思うておりましたら――」
「きのう柳原で見つかったのか!」
「そうでござります。親方といっしょに流しにいったら、夢にも忘れぬあの鬼女が見つかりましたゆえ、ゆうべ日が暮れるといっしょに、こっそりふたりしてここを抜け出し、あの米屋へいってみたら、鬼女めもあたしたちに見つけられたことがわかったとみえて、欲深の女でござります。かどわかして売った金を取り返しにでも来るだろうと思い違えましたものか、ご亭主に小判の包みを埋めてこいとか隠してこいとか、しかりつけるようにいって表へ出しましたゆえ、様子をうかがっておふろへはいったところを見すまし、窓からふたり忍びこんで、わたしが首を、貞坊がお乳を押えて絞め殺したのでござります。あいつは、あの鬼女はきっと、みんなを、たくさんな子どもを、あたいたちみたいにさらっては売っているんだ。みんなのために、かわいそうなみんなのために殺してやったかと思えば、悲しいことはございませぬ。どこへでも参ります……連れていってくださいまし。参ります……。参ります……」
 いじらしくもみずから両手をうしろに回すと、おのれたちの悲しい運命を嘆こうともせずに、仲間の角兵衛たちへ泣きぬれた涙の中からさみしい別れの笑《え》みを送りつつ、とぼとぼと歩きだしました。
 しかし、これをなわにするような右門ではないのです。
「仲よくふたりしてこれへお乗り……」
 用意の駕籠へのせると、黙々として川一つ越えた伝馬町《てんまちょう》の不審牢《ふしんろう》へ伴いました。
 敬四郎がその不審牢へあの米屋の親子をたたき入れて、しきりと責めたてていたさいちゅうなのでした。
 声はない。ずいと牢格子《ろうごうし》の中へはいっていくと、さみしく笑っていったことです。
「あいかわらず荒療治がおすきだな。目違いもいいかげんにしないと、のろい殺されますよ。増屋のおやじ! きょうだいを連れて早くかえりな」
「なにをするんだ。なにをかってなまねをするんだ」
 いきりたとうとした敬四郎の目の前へ、
「このとおり、みやげがござる。お礼でもいわっしゃい」
 駕籠からふたりをつれ出すと、静かにさしつけていいました。
「増屋のおやじ。つまらねえ隠しだてをするから、目違いもされるんだ。なぜ、あのとき小判を埋めにいったと、正直に白状しなかったんだ」
「あいすみませぬ。女房の前身も前身、金も金でござりましたゆえ、世間に恥をさらしてはと、つい口が重かったのでござります……」
「そんなことだろうと思った。これからもあるこったから、隠しごとも人を見ておやりよ。そちらの敬だんなのようなおかたがいらっしゃるんだからな。角兵衛の子どもたちは、死にたいか、生きておりたいか」
「生きておりとうはございませんけれど、浅草のお師匠さまにおわび申しとうござります……」
「いじらしいことだな。法は曲げられぬ。一度はお牢屋《ろうや》に入れますがのう。おじさんがすぐ永徳寺へ知らせてあげますから、まもなくお師匠が救いとって、慈悲のおそでの下へかばってくれましょう。それまでのしんぼうじゃ、おとなしゅう牢屋へはいりなさいよ」
「あい、はいります……ふたりして、いっしょにはいります……」
 進んで入牢《じゅろう》を急ぐ子どもたちと、喜んで牢を放たれるきょうだいたちが、右門のそでの陰でさびしく笑顔《えがお》を送り合いました。



底本:「右門捕物帖(四)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2000年3月13日公開
2005年9月24日修正
青空文庫作成ファイル:
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