声が乗りだしました。
「さるも木から落ちるんだからな。それに、この夏場じゃ知恵袋にもかびがはえますよ」
「黙ってろ。お秋どの!」
「あい」
「いかにも不思議じゃが、当夜はお冬どののお身のまわり、だれがおやりなさった」
「わたくしでござります。たったひとりのかわいい妹、日ごろわたくしが母代わりになっておりましたゆえ、当夜もこのわたくしが片ときも目を離さず、なにから何まで世話をしたのでござります」
 だのに、障子の穴からにゅっと手が出たとすれば、怪奇の雲はいよいよ怪奇な雲に包まれてきたのです。
「…………」
 青い顔でした。黙然として立ち上がると、名人右門は珍しやしんしんとうち沈んで、思いあぐねたようにふらふらと真昼の表口をどこへともなく歩きだしました。あたりまえなことにちがいない。一本つるをつかんだら、ホシを逃がしたことのない右門なのです。それが、いま一歩というところまでたどり着きながら、ばったりと大きな岩にぶつかったのでした。つるはある。手が障子の穴からにゅっとのぞいたというつるはある。しかし、どちらへ掘り下げていったらいいか、喜七いのちの正体は根も見せないのです。
「だめですよ。そこ
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