は日本橋だ。何をぼんやりしているんですかよ!」
「…………」
「じろじろと人が見ているじゃござんせんか。日本橋から飛び込んだっても死ねやしませんよ。五十三次東海道へは行かれるが、冥土《めいど》へ行くなら道が違うんだ。だんならしくもねえ、こっちまでが悲しくなるじゃござんせんか。しっかりおしなせえよ」
 だが、名人は黙々、しんしん、そこが日本橋であるのも、橋の上であるのも知らないもののように、ぼんやりとたたずみながら、うち考えたままでした。
 もはや策はない……。
 ただ疑われるのは、お冬自身がはたして真実の陳述をしているか否かです。女だ!――心の秘密はわかるものでない。虫も殺さぬような美しい顔をしていて、じつはとうからもう喜七虫がついていたかもしれないのです。
 それにしても、もどかしいのはその喜七の何者であるか、さらに目鼻のつかないことでした。
 暑い日ざかりでした。
 青い顔でした。
 悲しげな目の色でした。
「効験あらたかってえおまじないはねえのかな。ね、ちょっとあごをなでてみてごらんなせえよ。なんとかなるかもしれねえんだから……え、ちょっと」
「…………」
「あやまったな、もうい
前へ 次へ
全48ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング