から手が一本出るから、大急ぎで喜七いのちと――」
「ほんとうか!」
「ほんとうとも、ほんとうとも、当人のわたくしがちゃんと出会ったことなんだから、うそはござりませぬ。気味のわるいことになったなと思って、ひょいと座敷の様子を見たら、そのときはじめて、連れ込まれた家が日ごろ朱を買いに行く大西屋さんらしいのに気がつきました。ここにはお秋お冬おふたりの評判娘がおるはずだがと思っておりましたら、にゅっと障子の穴から女の手が出たんでござります。たしかに女の手でござりました。姉かしら、妹かしらと思いましたが、障子をあけてみることもならず、いわれたとおり黙って彫れば五十両になるだろうと思いまして、大急ぎに喜七いのちと、師匠ゆずりのつぶし彫りを仕上げましたら、また目隠しをしろとしかるように声がかかりましたのでな、いいつけどおりいたしましたら――」
「五十両、だれからともなく礼金が舞い込んできたと申すか!」
「そうなんでござんす。くれた人も、頼み手もたしかに大西屋さんのおかたに相違あるまいと思いまするが、だれともさっぱり見当がつきませぬ。しかし、別段わるいことをしたのでもなし、五十両はかたじけないと、さっ
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