まするが、まずこの色では日本一とうぬぼれているんでござります。しいてまねができるものといえば、弟子《でし》の栄五郎が少しばかりやるくらいのものですよ」
「なにッ。弟子がやるか! その栄五郎とやらは、いくつぐらいだ」
「二十八でござります」
「女は好きか!」
「さよう、きらいなほうじゃござんすまいね。ちょくちょく呼び出し状が舞い込んできたり、よる夜中、こっそり女が表へ会いに来たりしますからね。まず人並みに好きでしょうよ」
「姿が見えぬようだが、どこへ行った!」
「それが少しおかしんですよ。一昨晩、さよう、たしかにおとついの夕がたでござんした。だれからのものか、いつものような呼び出し状が届きましてね、こそこそと出ていった様子でしたが、一刻ほどたってから、何がうれしいのか、にやにややって帰ってくると、そのままおおはしゃぎで念入りにおめかしをしてから、ふらりとまたどこかへ出ていったきり、いまだに帰ってこないんですよ」
 きらりと名人の目が鋭く光りました。つるにつるが新しくはえてきたのです。
「居間はどこだ」
「下でござります」
「案内しろ」
 玄関わきの六畳へはいっていくと同時に、名人の目は、
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