はしなくもその小机の上に止まりました。不思議やな、小机の上には幾本かの扇子が束になって置かれてあるのです。筆もある。絵の具ざらもある。絵心のないものに彫りはできないのであるから、絵筆絵の具に不思議はないが、束にしておいてある扇子がいかにも不審なのです。
「おやじ、栄五郎は下絵がうまいか」
「うまい段じゃござんせぬ。絵かきになるつもりで修業をしているうちに、ふいっと彫り物がやってみたくなりましてこの道へはいったんでございますから、玄人はだしの絵をかきますよ」
「よしよし。何か眼がつくだろう。あざやかなところをお目にかけようぜ」
取りあげてその扇子を開いてみると、なぞのような絵となぞのような字がかかれてあるのでした。絵は咲きみだれた小菊、すみに小さく両国新花屋と見えるのです。しかも一本だけではない。五十本ほどの扇子のほとんど半数に、同じその絵その文字が見えました。同時です。
「伝六、駕籠《かご》だッ」
「ちぇッ、たまらねえね。行く先ゃどこですかい。こないだは箱根へとっぱしったが、今度は奥州|仙台《せんだい》石巻《いしのまき》とでもしゃれるんですかい」
「両国の新花屋だよ」
「新花屋! は
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