じゃねえ、頼まれたら頼まれた、盗んで彫ったなら盗んで彫ったと、すなおに白状すりゃいいんだ。どうだよ。名人かたぎが自慢なら自慢のように、あっさりどろを吐きなよ」
「情けないことをおっしゃいますな……てまえも朱彫りの伊三郎とちっとは人さまの口の端《は》にも乗っている男でござんす。生娘の膚が好きで千人彫りの秘願はかけておっても、盗んでまで彫ろうとは思いませんよ。あっしゃくやしくなりました……だんなも江戸っ子ならば、江戸っ子の職人がどんなきっぷのもんだか、よく胸に手をおいて考えてみておくんなさいまし……」
 訴えるようにいった伊三郎の目には、恨めしげな露の光すらも見えました。膚に魅せられたごとく振り向きもしなかったあたり、疑われたことを怨《えん》ずるようなその目の光、どこか生一本の名人気質がほの見えて、まんざらその申し立てはうそでもなさそうなのです。
「なるほどのう。つるは見つかったが、根が違うというやつかな。それにしても、朱色の寸分違わねえのがちっと不審だ。ほかにもこんなさえた朱色を浮かす彫り師があるか」
「いいえ、ござんせぬ。これはてまえが自慢のつぶし彫り、口幅ったいことを申すようでござり
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