もう……酢にしてもらいたくなりましたよ。骨までがゆであがって、ぐにやくにゃになっちまったんです。ええ、このとおり。ね、ほら。もう、ろれつも回らねえや……」
回るはずもない。
鳴ろうにも鳴りようがないのです。
幾本かあるつるの中から名人の選み出したのは、じつに彫り師詮議のつるでした。朝湯に来たのもそれがため、てんぐぶろを選んだのもそれがため、伝六をゆでだこにしたのもまたそれがため、すべてが右門流のあざやかな機知によって、名人十八番からめ手詮議のつるは、ついにかくのごとく今みごとにたぐりよせられたのです。
朝まだき、夏の大江戸の町は、すがすがしい涼風でした。神田の代地は、柳原寄り、籾倉《もみぐら》前の狭い一郭である。軒ごとに捜しても、百軒とはない。
「あのうちだ、あのうちだ。あのひょろひょろとした長っぽそい二階家がそうだというんですよ」
家捜しとなれば伝六自慢の一つの芸です。たちまちかぎ当てて、主従の足は、ちゅうちょなく千人彫り秘願の彫り師伊三郎の住まいを目ざしました。
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小格子《こごうし》造りの表に立って、ひょいとのぞくと、玄関口になまめかしい女物のげたが一足
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