ですがね。だんなも彫りはお好きですかい」
「好きなればこそ目についたんだ。いかにも胸のすくような朱色だな。さだめし、名のある彫り師だろうが、どこのだれだ」
「それがちっと変わっておりましてね、評判のたつのを当人が好かねえんで、あんまり世間に知られちゃおりませんが、神田の代地の伊三郎《いさぶろう》ってえいうちょっと気性の変わった名人はだの親方ですよ」
「道理でのう。おれも江戸の彫り師なら五、六人名のある男を耳に入れていねえわけじゃなかったが、このつぶし朱彫りだけは見当がつかなかった。彫り師によっちゃ、いっさい女の膚を手がけねえのがいるようだが、大将はどっちだい。女も彫るのかい」
「彫る段じゃござんせぬ。一生に若い女を千人彫ってみてえと、千人彫りの願までたてているとかいう話ですよ」
「なに! 若い女!――におってきやがったな! 伝六! 伝六!」
「…………」
「何をふうふうゆだっているんだ。話ゃ聞いたろう。眼《がん》がつきかかったんだ。早く上がりなよ」
「ええ、ええ、わかりました、わかりました。ようやく長湯をなすったいわく因縁がわかりましたがね。長湯にもよりけりだ。あっしゃもう……あっしゃ
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